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紫色の月光

紫色の月光

三十三話「人類最後の日」

第三十三話「人類最後の日」


 ニューヨークの裏路地から黒煙が昇る。
 嘗てエリックが暮らしていた集落が、仲間たちの遺体と共に炎に包まれているのだ。火をつけたのはエリック自身である。

「皆、サツに捕まらないうちに、俺が全部燃やしておくよ」

 さようなら、と呟いてから、彼は一人一人仲間たちの名前を口にする。

「モーガン、今度来るときはお前の大好きな酒を持ってくるぞ。ジャック、次来た時は、欲しがってた彼女があの世で出来るといいな。マイケル、結局トランプでの負け分払えなかった。すまん」

 ジョニー、レイザック、ピーター、デニー、ラルフ、ビリー、ケビン、そしてカノン。
 皆の遺体があの炎の中で灰になっていき、後に残るのはその骨のみだ。それでも、エリックは仲間たちへの言葉を中断することは無かった。

「カノン、妹の方はお前の兄ちゃんがちゃんとツテを当たってくれるんだそうだ。安心して眠れよ、ダチ公」

 そんな妹、アウラはエリックの隣でカイトにおんぶされている状態で、兄と自分が殺した男たちが眠る炎を見ていた。
 バルギルドの精神コントロールが解け、彼女は普段どおりに戻ったには戻った。しかし、同時に彼女は『兵器』であった時の記憶も持っていた。
 あの殺人ヨーヨーで抉っていった記憶、血まみれの廊下を車椅子で移動していく記憶。そして、血まみれの男を見て、思わず笑みを漏らしてしまった記憶。

 思い出したくも無い記憶が溢れ、思わず目を逸らすが、

「目を逸らすな」

 その行為を、カイトは許さなかった。

「逸らしたって、何も帰ってはこない。もしもお前が本当に、彼らに対して申し訳ないと思っているのなら、この捻じ曲がった世界で、生きるんだ」

 そして、と彼は続けた。

「どうか忘れないであげてくれ。あいつ等のことも……カノンのことも」

 その瞬間、アウラは泣いた。
 まるで大嵐のような激しい涙。彼女は、自分のもう一人の兄の背中で、泣いていた。

 そして、何度も呟いた。自らに刻み付けるように、何度も。

 ごめんなさい、ごめんなさい、と。







「カノンとアウラを弄った奴から伝言がある」

 集落が完全に炎に包まれたその瞬間、カイトは話を始めた。
 それに対し、エリックとアルイーターは無言で耳を傾ける。

「イシュのボス、ウォルゲム・レイザムが遂に動き出すんだそうだ」

「何、本当か!?」

 思わず詰め寄るエリック。

「そいつの言葉を信じるなら、ウォルゲムは邪神復活の生贄を都合よくそろえるための洗脳装置をある場所に設置し、地球人と宇宙人を生贄に捧げることだろう」

 俄かには信じがたい話だが、想像しただけでも身の毛がよだつ。
 そもそもにして邪神という単語自体が頭の中に出てこないわけだが、最終兵器のこの説明できない技術を目の当たりにしている以上、完全に否定は出来ない。何より、中国の病院でのノモアの件もある。

「最終兵器がイシュの手元に全部そろってないのに実行するって事は……俺たち他の所持者すら洗脳できる自信があるってことか」

 だとしたら、何としても阻止しなければならない。
 最終兵器所持者の中で今動けるのは自分だけだ。狂夜はギースのところに置いてきているし、マーティオは死んだし(実は生きているが)、警部は動けるか以前についてきて欲しくない。

「俺がやるしかない……最終兵器に勝てる可能性があるのは最終兵器だけだ」

「………待て」

 一人で決意を固めてると、横のアルイーターが妙に真剣な顔つきで話しかけてきた。

「詳しい話の流れはよくわからない。しかし、今この星に迫っている宇宙人は、皆私の同志だ。生贄になどさせてたまるか」

 次の瞬間、アルイーターは言った。

「私も行く。ここはこのまま休戦と行こうじゃないか」

「何いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!?」

 全然予想だにしなかった事態を前に、エリックは絶叫。
 だが、アルイーターも宇宙人とはいえ、仲間を思う気持ちならエリックに負けないくらいある。

「……場所は自由の女神だ」

 自由の女神。
 意外と近い場所にある。ランスで飛んでいけばそんなに時間はかからないだろう。

「お前は来ないのか、カイト。なんだ、その……」

 どうにもカノンの件があったばかりなだけに言い辛い。
 だが、そんなエリックの心情を察したのか、カイトは自分から答えを出した。

「気にすることは無い。だが、確かに俺たちの危機でもあることには変わりないだろう。身体の主な器官は人間とそんなに変わらないしな」

 だが、と彼は続ける。
 あくまで『量産型最終兵器』ではなくて『一人の兄』として、だ。

「俺はココまでだ……能力もそんなにつかえない常態になってしまった今、お前らの足手まといにしかならないだろう」

 身体能力の高さだけでは本家最終兵器には勝てない。何か決定的な武器が欲しいのだが、生憎、今の彼にはそれがないのだ。

「アウラも、もうここにはいられない……すぐにでもココを離れるつもりだ」

 多分、もう二度と会うことはないだろう。
 そういって、彼ら兄妹はニューヨークの街を去っていった。気のせいか、その隣にオレンジ髪の黒鉄マスクの青年が見えた気がしたが、それがすぐに幻だと気付いた。
 だが、コレだけはいえる。『彼』は何時までも、兄弟たちを見守り続けるのだろう、と。








 自由の女神。

 あの平和の塔が建てられるキッカケとなった大戦争を経ても無事だった、世界的に有名な代物である。
 アメリカの独立100周年記念としてフランスから友好の証として贈呈された歴史があるこの自由の女神だが、今回イシュの洗脳装置を取り付けられ、人々の『自由』を縛ろうと言うのだから皮肉な話である。

「さて、どっから突っ込むか……」

 そんな自由の女神を上空から見下ろす人影が二つ。怪盗シェルことエリックと、宇宙人将軍アルイーターの二人である。
 彼らはランスの空中サーフィンで宙に浮いており、上空から自由な角度で女神を観察することが出来た。

 しかし、ここで一つ問題が生じてしまった。

 問題の『洗脳装置』らしき代物が何処にも見当たらないのである。最初の予定では真っ先にソレを破壊することになっていたのだが、これでは内部から隅々まで探さなくてはならない。

「けど、世界中の人々を洗脳するのだろう? 中よりも外の方が有利ではないか?」

 アルイーターの疑問も尤もである。だが、それらしき物が見つからないと言うことは、可能性が三つある。

 一つは内部に存在しており、外からは見えない可能性。
 もう一つはカイトの情報が全くの嘘だという可能性。
 そして最後の一つが、

「もしかしたら、外に設置しているのだけど、上手く隠しているのか……」

 せめてこの場所にある、という目印が欲しい物だ。こう漠然と何も無いのでは何処から手をつけたらいいのか分らない。

「ん、ちょっと待て」

 アルイーターがランスの動きを停止させるように言うと、自由の女神の頭上を指差した。

「あそこに誰かいるぞ」

「何!?」

 思わずそんな事を言ってしまうエリック。
 だが、よく見ると確かにアルイーターが指差す場所に人影があった。

(自由の女神の頭の上で突っ立ってるだと!? 一体何モンだ!?)

 ソレを確かめる為にも近づいてみる。
 だが次の瞬間、

「!!!!!!!」

 まるで稲妻にでも打たれたかのような凄まじい衝撃がエリックの精神に襲い掛かった。
 何故なら、彼らが視界に認めた影の正体は、一人の男だったからだ。しかも、布すら何も着用していない状態の、生れたままの姿(俗に言う全裸)でいる金髪ロンゲのおっさんだった。

「……………」

 思わずあんぐりとしたまま、そのまま男を凝視してしまうエリック。因みに、アルイーターの方は地球の法則が良く分らないため、服を買うお金も無いのか、と勝手に自己解決していた。

 しかしエリックの方はそうはいかない。何かの見間違いかと思って眼をこするが、目の前にいる全裸男は相変わらずその場所に佇んでいた。妙にマッチョなのが素敵だ。

「………」

 場に沈黙が訪れる。
 正直な話、エリックは何を言えばいいのか分らなかった。ゆえに、ココはアルイーターにバトンタッチする。

「すまん、俺にはコメント無理だわ。質問お願い」

「うむ、任せろ」

 妙に自信満々な顔をしているアルイーター。流石に将軍というだけあって、冷静だ。きっとこの状況でもいい感じで対処してくれるに違いない。

「やい貴様。貴様が『イシュ』とやらの幹部、ウォルゲム・レイザムか!?」

 いきなりストレートな質問が飛び出した。
 だが次の瞬間、全裸男(マッチョ)は不敵な笑みを浮かばせつつ、その問いに答える。

「そのとおりだ」

「って、普通に受け答えしちゃってるよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!?」

 それ以前に色々と突っ込みたい所もあるのだが、敢えてソレは置いておく。
 この場に最大のターゲットがいるのだ。今、この男さえ倒しておけば、一番の司令塔がいないイシュは混乱するはずだ。例えソレが一時的なものであれ、エリックにしてみれば好都合である。

 だが、好都合なのはウォルゲムにとっても同じことだった。

「まさか自分から来てくれるとは思わなかったぞ、ランスの所持者。いや、ここは怪盗シェルとでも言うべきか?」

「どっちでもお好きにどうぞ。変態」

 半目でエリックは言うが、それに対してウォルゲムは不機嫌にはならなかった。むしろ、何故か笑っている状態である。

「馬鹿め。私が全裸でいるのは、ちゃんとした理由があるのだよ」

「な、何だって!?」

 趣味でなかったところに驚くのがちょっと悲しいところだったりする。
 だが、そんな事お構い無しに、ウォルゲムは天に顔を向け、高らかに叫んだ。

「さあ、この場に光臨して我が身体を覆え。我が最終兵器」

 次の瞬間、青空が広がっていたはずの天空が突然曇りだし、暗雲と雷鳴をその場に巻き起こし始める。まるで今からやって来る『その存在』を歓迎するかのように。

「見るがいい、我が最終兵器にして、古代都市の開発した十の最終兵器の中でも最強の存在を!」

 自由の女神の頭上。其処に立っているウォルゲムの身体に、天からの雷が襲い掛かる。しかし彼は全く痛がる表情も見せずにそれを受け入れており、不気味な笑い声をその場に響かせた。

「あ、あれは―――――!」

 そして光の中、エリックは見た。
 ウォルゲムの身体を覆う最終兵器。『鎧』の存在を。

「まさか、ウォルゲムの最終兵器は今までのとは違って、『鎧』なのか!?」

 雷の光が完全に止むと同時、最終兵器、リーサル・アーマーを装着したウォルゲムが答えた。

「その通り。最強の攻防を持つ、最強の最終兵器だ」

 鎧はウォルゲムの上半身だけでなく、下半身の足の爪先まで覆っており、ウォルゲム自身が見えるのは顔部分だけであった。
 だが、その鎧から発せられる『波動』のレベルが今までの最終兵器よりも段違いだ。

「……どんな性能なのか知りたい。速攻で仕掛けるぞ」

 妙に真剣な顔でエリックが言うと、そのまま自由の女神の頭上に着地。ウォルゲムと対峙する形になる。

 だが、エリックは対峙すると同時にランスを構え、超高速のスピードでウォルゲムに襲い掛かる。速攻で仕掛ける、とは言ったが、仲間のアルイーターですら反応できない。

 正しく完全な『超速攻』だった。

「風よ集え!」
 
 レベル4の能力で、ランスの穂先と柄に風が集い始める。全てはエリックの疾走と、これからウォルゲムに与えるダメージ量を大きくするための加速のためだ。

「ジェット・ランサー!」

 突き出される鋭い穂先。
 ウォルゲムに襲い掛かる速度は正しく超高速。もはやウォルゲム自身が動けないほどだ。

 だが次の瞬間。

「!?」

 突き出され、ウォルゲムの『顔面』に命中したはずの穂先が、鈍い『金属音』を響かせただけで終わったのである。
 しかも手応えなし。穂先はウォルゲムの鼻の先に当たっているだけで、それ以上先へと突き刺さろうとしない。何度力を入れても、穂先はウォルゲムの肉の『鎧』を貫こうとはしない。

 だが、それと同時、エリックは理解した。
 先程のジェット・ランサーの一撃を前にして、ウォルゲムは動けなかったのではなく、『動く必要が無かった』ことに、だ。

(アーマーを装着したら、例え鎧で覆われていない箇所でも最強の防御を誇る……ランスでも貫通できない程に!)

 恐らく、目の前にいる男は事前に対最終兵器戦をこなしているのだろう。そうでなければこんな真似は出来ない。

「理解できたかな。普通の攻撃では、アーマー装着の俺の前では手も足も出ない」

 直後、ウォルゲムの鉄拳がエリックの腹部に炸裂する。
 まるで突き刺さるかのようにして命中したそれは、エリックを一撃の下に悶絶させ、彼をその場に倒れさせる。

「アーマーのレベル4は、普通の最終兵器とはちょい違う。他の最終兵器は様々な自然現象、もしくは身体強化に扱われるが、このアーマーはそれすら超越する」

 そう、と言ってから、何の前触れもなくウォルゲムの姿が二人の視界から消える。
 
「!?」

 直後、アルイーターは背後から凄まじい殺気を感じ取り、瞬時に振り返ってから手袋を使い、ウォルゲムのパンチを防御する。

「ほう」

 ウォルゲムは多少感心したような顔をしてから、アルイーターを見る。

「何だ今のは……! まるでテレポートしたかのようだ」

「惜しい。ちょっと違うな」

 なら、とウォルゲムは続けてから、もう一方の拳を構える。

「今度は特別サービスで『見えるように』ゆっくりしてあげよう。ほら、ちゃんと集中して見ないと大怪我するぞ」

 拳が自身目掛けて突撃してくる。
 だが、軌道が見切れないほど速い訳ではない。ゆえに、もう一つの手袋で防御に移ろうとするが、

「何!?」

 何の前触れも無く、突然ウォルゲムの拳の軌道が変化した。うねうねと超高速で動くそれは、まるでこちらを翻弄する蛇のようにも見える。

「どうした、スキだらけだぞ」

 拳はアルイーターの手袋防御範囲を潜り抜けて、彼のわき腹に直撃。
 彼に言葉にならない苦痛を与え、エリック同様、その場で動けなくさせる。

 しかし、今の攻撃を見たエリックは、一つの仮説を立ててみた。

「アーマーのレベル4……能力は恐らく、『時間操作』だ。しかも自分自身の、ね」

 呟いたその声を耳に拾ったウォルゲムは、これまた関心した声をあげた。

「先程のだけで其処まで理解できるか。流石に最終兵器を使って今まで修羅場を潜り抜けてきただけのことはある」

 先程の拳の蛇のような動きは、自分の動きをビデオの早回しのようにして速度を上げた結果にすぎないのだろう。実際の動きはそんなに速くはないはずだ。アルイーターの動きを遅くさせなかったのは、それが『不可能』だったからである。出来たらさっさと使っているはずだからだ。

「通常よりも速く動く、と言うのは優越感を感じるものだ。現に君らも、この能力の前では膝を折るしかない」

 悔しいが、ウォルゲムの言うことに反論できなかった。こちらの攻撃が物理攻撃で、尚且つ彼の視界で確認できる物しかないのなら、通常よりも速くなれる彼の前ではスローモーションで見えることになる。

(攻撃が一切通用しない……例え命中したとしても、アーマー自体の能力で全て防ぐことが可能)

 正しく最大の防御。そして攻撃を可能とした最終兵器である。例え手袋の吸収した衝撃波攻撃や、ランスの突風攻撃を浴びせたところで、この男は微動だにしないだろう。

(ん? 待てよ?)

 確かに攻撃は通用しないだろう。
 だが、この男を突風で『ふっ飛ばす』ことは可能なのではないだろうか。

(そうだよ、そう! 今ココで無理してこいつに勝つことは無いんだよ。悔しいけど)

 ココに来た理由はあくまで『洗脳装置破壊』であって、『ウォルゲム退治』ではないわけである。ゆえに、いかなる方法であっても邪魔なこの男をこの場から消せば問題ないのだ。

「おーっし。ならばやってみるか!」

 ランスの柄尻を自由の女神の頭の中心に置くと同時、周囲の風の流れが強くなっていく。涼風が突風になり、突風は豪風と成り果て、最終的には巨大な竜巻を生み出していく。

「さあ、トルネードを食らいやがれ!」

 エリックが叫ぶと同時、トルネードの豪風がウォルゲムに襲い掛かろうとする。

 だが、しかし。

「いいのかなぁ? そんな事して」

 ウォルゲムの余裕な笑みを見た瞬間、エリックと竜巻の襲撃は中断されてしまう。

「我々の目的は邪神の生贄のために世界どころか宇宙人まで洗脳すること。だが、その為の手段が、電波のようなものを発する機械だとでも思っていたのか!?」

 その瞬間、エリックの脳裏に、中国でのノモアとの会話が響いていった。
 そうだ。その時、ノモアは何によって人々を洗脳するのだと言っていた?

「……粉!」

 もし、このまま突風でウォルゲムを吹っ飛ばすことが出来ても、ランスの竜巻によって、洗脳『粉』をも同時に吹っ飛ばし、世界中に撒き散らすことになってしまう。これでは元も子もない結果だ。

「くっそ……!」

 悔しそうに歯を食いしばると同時、辺りを覆っていた竜巻の威力が弱まっていき、最終的には元の涼風だけが残る。まるで今のエリックの心境を表しているかのような、とても弱々しい風である。

「怪盗シェル。色々と邪魔だった君には特別サービスで見せてあげよう。我々イシュの洗脳装置をね!」

 見るがいい、と言ってからウォルゲムが指差す場所。
 そこは自由の女神の頭上よりも高い場所、たいまつの部分だ。だが、よく見るとそのたいまつ部分に三つの人影がある。

 一人は見るからに東洋系の顔立ちをした、白装束を纏ったおっさんで、片手には大剣が握られている。
 もう一人はピンクの長髪の西洋系の青年で、まるで貞子みたいなイメージの白装束と俯き加減だった。眼が虚ろなためか、不気味な事この上ない。

 そして最後の一人は、両手で斧をしっかりと構えながらこちらを見下ろす男。日本刀を持つおっさんと同じく東洋系の顔立ちをしており、そして自身を苦しめたその男の名前を、エリックはしっかりと覚えていた。

「竜神・煉次郎! テメェ、警部から受けた傷が治ったのか!?」

 エリックのその叫びを聞いた竜神は、不気味な笑みを浮かばせてから答えた。

「ああ。流石にナックルのパンチをモロに受けたのは痛かったが、それももう終わりだ」

 言い終えると同時、トーチの上から竜神が跳躍。そのまま無駄に重力に逆らうことなく、丁度エリックとウォルゲムの間の位置に着地する。

「思えば、君にはソードの件でも色々と借りがあったね。それを返上するためにも、止めはこの私が刺してやろう。ボス、異論はありませんね?」

 すると、後ろにいるウォルゲムは何の躊躇もなく頷く。
 
「君たち幹部を手こずらせた連中なのだから、どんな奴かと期待していたのに……ちょっと期待はずれだったかな。何にせよ、これ以上のランスの相手は君に任せよう」

 そういうと、ウォルゲムはたいまつを見上げてから、白装束の男に話しかける。

「相澤。君はどうだ?」

 問いかけを貰ったイシュ幹部の一人、最終兵器リーサル・ブレードの持ち主である相澤・猛は、表情一つ変えることなく返答した。

「俺は構いませぬ。殺したい奴はランスではないゆえ」

「感謝するぞ相澤。何者か知らぬが、お前の獲物が来た時は、私が譲ってやろう」

 竜神がアックスを構えると同時、再びウォルゲムが話し掛けてくる。
 それは約束どおり、『洗脳装置』に関することだった。

「我々イシュの洗脳装置なんだけどね。別に粉を袋に入れてばら撒こうというわけではないんだ。ほら、たいまつのところで微動だにしない『彼』がいるだろう?」

 エリックとアルイーターの二人は同時にたいまつを見上げると、其処には相澤・猛の隣で微動だにしない貞子ファッションの青年がいる。

「まさか……!」

 前回のカノン戦を経た二人ではこその発想だった。
 恐らく、カイトやエルザハーグ兄妹との出会いがなければ、絶対に信じられなかったと思う。

「あいつは『ジーン』なのか……! イシュの洗脳粉をばら撒くという役割を持つ、量産型最終兵器!」

 すると、ウォルゲムが感心したような声を上げた。

「『ジーン』まで知っていたとは驚きだな。だが、彼は初期のプロジェクトで生れるはずだった『ジーン』ではない。我々イシュの力で生み出した、『イシュ・ジーン』と言えるだろう。能力は先程君が口にした通りだ」

 なんということだろうか。
 まさか人の形で隠しているとは思いもしなかった。ゆえに、エリックは最終兵器の波動をキャッチする動作を怠ってしまい、この絶体絶命のピンチを迎える羽目となってしまったのだ。

 だが、気になることがあった。

(初期のプロジェクトで生れる『はず』だった?)

 初期のプロジェクトで生れたジーン、というのはカイトやカノンたちのことだろう。だが、『はず』という単語がつくという事は、実際は生れていないことになる。
 ジーンの単語を知るウォルゲムが、カイトたちの存在を知らないはずがない。未来から来たのだから、資料はいくつ残されていてもおかしくはないのだ。

「考える授業も、生きる授業も終わりだ」

 だが、エリックの思考を完全にシャットダウンさせる竜神の悪魔のような囁きが響くと同時、彼は斧の刃を視界に認める。

(こうなったら、全員纏めて串刺しにしてやる!)

 ランスの柄を握り、全神経を竜神の『心臓』に集中させる。
 カノンの心臓を空間移動という方法で貫いたように、今度は竜神を貫こうというのだ。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 半ばヤケクソに聞こえなくもないエリックの巨大な咆哮。
 それが女神の頭上で轟くと同時、彼はランスの穂先を竜神の心臓目掛けて突き出すが、そこでエリックは信じられない光景を目の当たりにした。

「甘い!」

 竜神が反射的にアックスの捻じれた刃の間に挟む形で、ランスの突進を拒んだのである。鈍い金属音が響くと同時、ランスの動きは完全にアックスの力の前に屈してしまった。

(あの時は上手く行ったのに―――――)

 何故、と問いかける間もなく、放心状態のエリックの首目掛けて、アックスの重い金属刃が振り下ろされる。


 まるで死刑執行の場面。


 本能のままに数々の罪を犯し、そして友すらその槍で貫いた男の罪。今、正にその罪に値する『罰』が、彼の首に迫ろうとしていた。

「避けろ、エリック・サーファイス!」

 後ろでアルイーターが叫んでいるが、エリックの耳には届かない。
 アックスが空を切るこの感覚でさえ、普段なら目が見えなくても余裕で感じるはずなのに、まるで感じない。

 それは、エリックが一人で別の世界へと旅立ってしまっていることを意味していた。

 誰も知らない、自分だけの世界に。




 

 ゴメンな、カノン。

 俺、お前を殺せてもあいつ等殺せないみたいなんだ。友達のお前を殺せて、憎たらしいあいつらを殺せないって、そりゃあねぇよなぁ。

 わりぃ、マーティオ、狂夜、先輩。

 俺、何も出来なさそうだわ。折角協力してくれたのに、俺は最終的には何も出来ずに終わるみたいだわ。
 あー、くそ。死ぬ前にもう一回先輩にあって、昔話したかったぜ。後、積んでたゲームに新作アニメも拝んどきたかった。




『阿呆』

 

 自分の世界で完全に諦めていたその時、何処かで聞いたことがある、自分をコケにする声が聞こえてくる。

『諦めるな阿呆。ボケ、カス、バーカ』

 聞くだけでムカついてくるはずなのに、何故かムカつかない。

『ほら、ちゃんと前を向いて、目を開けて、そして進みだせ。ゆっくりでもいい、這い蹲ってもいい。絶対にあいつ等に一泡噴かせるんだ! 貴様の馬鹿な覚悟はその程度か!?』






 声に従い、目を開けて、前を向く。


 するとどうだろう。


 目の前には、大鎌の刃でアックスを受け止めている状態の青髪長髪のロングコート青年が、滅多に見せない笑みを浮かばせている。

 その姿は、誰よりも知っている。
 何処か大きく見えるが、あのオーストラリアの海で消えたはずのこの男の姿は、誰よりも知っているのだ。

「マーティオ……!」

 呆然とした状態でエリックが口を開くと、マーティオは返答した。

「よ、久しぶり」

「てんめぇ、何が久しぶりだこの野郎!」

 勢いよく立ち上がるエリック。その顔には明らかに怒りの感情が見えている。

「生きてたなら生きてたと連絡入れろ! 死んだと思ってたぞ俺は!」

「うるせー。あの後は先輩捜索してたんだ。イシュのパリ基地ぶっ潰してて、それどころじゃなかったぜ」

「こっちは警部が変身して更にとんでもない男になっちまったんだぞ! 狂夜と二人で大パニックだ!」

「ああ!? こっちだって忍者なり化け物なりと戦う羽目になって死に掛けたんだ! 警部なんぞ知ったことじゃねぇ!」

「こっちは宇宙人とまたまた遭遇しちゃったんだぞこの野郎! 挙句の果てには宇宙船ごと海にダイブする羽目になるし!」

 なんだかとても見苦しい言い争いが始まった。
 なんだかんだ言って、この二人は再会を喜んでいるのだ。喧嘩するほど仲はいいのである。

「お喋りはそれ以上は禁止だ!」

 すると、竜神はアックスをもう一度振り上げ、再びエリックと、今度はマーティオも含めて襲い掛かる。

 だが次の瞬間、何処からか軟質な『鞭』がアックスを捕獲。これ以上の勝手な行動を許さない。
 だが、アックスの力に対抗するほどの捕獲を行うとは只者ではない。恐らく、最終兵器の所持者だろう。

「誰だ!?」

 竜神が叫ぶと同時、何処からか聞き慣れた声が響いてくる。

「貴様には日本で借りがある。……我と相手してもらうぞ」

 声がする方向、下を見る。
 すると、其処には女神が抱える独立宣言書の上で、切咲・狂夜がソードの刃を鞭に変質することで竜神とアックスを捕獲していた。

「キョーヤ! お前も来たのか!?」

「予定よりも早く起きれて良かった。お陰で決着を付けなければならない男と白黒つけれそうではある」

 眼鏡を外した状態の超強気モード。
 ギースに預けておいたはずの切咲・狂夜が、まるでタイミングを見計らったかのようにしてココにやってきていた。

 これを見て、エリックは素直に嬉しく思えた。
 
 マーティオと狂夜。

 この二人がいるだけで、こんなに心強くなれる。この史上最強のトリオなら、どんな強大な敵でも、どんな最悪な困難でも打ち勝てる気がしてくる。

「エリック、ギース氏からある程度の事情は聞いている。寝ていた分、竜神の相手は我が引き受けよう!」

 ソードの鞭を思いっきり引っ張ることで、自分の戦闘領域に竜神を無理矢理招待する。場所は、女神の独立宣言書だ。

「エリック」

 すると、今度はマーティオが口を開く。

「上のヤローは俺様の獲物だ。だからテメーには、」

 ウォルゲムを指差し、マーティオは続けた。

「奴の相手をしてもらう。あの貞子ファッションはお前に任せるぞ」

 勝手に決め付けてから、マーティオはたいまつへと向かい、走り出す。
 だが、アルイーターもエリックも、何の不満もなかった。

「エリック・サーファイス。彼は私が責任を持って倒そう」

 アルイーターが上を見上げながら、エリックに言う。

「負けたら許さんぞ」

 それだけ言うと、彼もマーティオに続いて走り出す。
 彼らの決戦の場所、たいまつへ。

「ったく。オメーに言われなくても、負ける気はねぇっての」

 女神の頭上に取り残されたエリックは、ウォルゲムと対峙する形でランスを再び構える。

「さあ、鎧を貫くか」

 それだけ言うと、ランスが不気味な光を放ち始めた。
 まるでこれから始まる戦いのゴングを鳴らすかのように、だ。




 続く



次回予告


フェイト「エリック、マーティオ、狂夜。お前たちに出会えて、私は本当に幸せだったとグレイトに感じてる。さあ行け、お前等馬鹿デルタフォースが馬鹿なりに学んできたことを、あいつらにグレイトにぶつけてやれ!」

ネオン「……次回、『デルタフォース』」

フェイト「翔太郎先生。あの馬鹿三人は、少しだけ大人になりました。グレイトに少しだけ、ですけど」









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